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zoom RSS マレーシア音楽の父 Pラムリー

<<   作成日時 : 2006/03/22 21:44   >>

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あるときは映画監督、あるときは俳優、あるときは作曲家であり歌手、その正体は・・・・・、マレーシアで国民的な有名人、“マレーシア音楽の父” と呼ばれる人物、彼の名前はPラムリー。作曲家という面ではマレーシアの服部良一、歌声はマレーシアのフランク永井、知名度で言えばマレーシアの石原裕次郎、もしくは美空ひばりといった感じの大スターでした。1929年3月22日にペナン島で生まれた彼は、1973年5月29日に44歳の若さで亡くなりました。生きていれば、今日で77歳になります。



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(ありし日のPラムリー)

【Pラムリーの曲に溶け込む、懐かしい日本歌謡】

彼の少年時代は日本の統治下に置かれた時代でした。日本海軍が運営する学校で学んだPラムリーは、日本人の先生から日本の歌を数多く教わったそうです。戦時下、ペナン、クアラルンプール、シンガポールにラジオ局が開局したときも、多くの日本人スタッフが参加したと記録に残っているそうですが、Pラムリーも、その当時マレーシアのラジオ局専属オケのギタリストでした。この無名時代にNHKから派遣されていた日本人音楽家から基礎的な音楽知識を学んだということです。

今、Pラムリーのアルバムを聞くと、戦前・戦後の日本歌謡の一部を肌で感じることができます。戦争という悲しい歴史を経験する訳ですが、日本人社会が持ち込んだ文化が、マレーシアのその後の映画産業や音楽産業の基盤となったという例でもある訳です。
マレーシアのポップミュージックの草創期における日本の影響は大きなものだったと知り、エイジアンナビゲーターも驚きました。

その歌声は、まさにフランク永井(ちょっと古いでしょうか・・・汗)
余談ですが、エイジアンナビゲーターの父上様、カラオケの十八番はフランク永井です。カラオケでは、よく「西銀座駅前」や「おまえに」などを歌いますが、フランク永井を歌う父の顔が、Pラムリーに見えてくるのです・・・(笑)



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(マレーシアで発行された記念切手)

【切手になり、道路の名前にも・・・】

切手のデザインからもわかるように、映画や音楽など様々な分野で活躍した人物です。マレーシアでは、老いも若きも誰もが知る伝説的マルチタレントとして、没後30年以上たった今でも、その功績が称えられています。

クアラルンプールには、彼の名前がついた通り(JARAN P・RAMREE)があります。ちょうど、シャングリラホテルの向かいくらいで、そこにはディスコ、クラブ、パブなどが多く立ち並び、外国人の集まる場所としても有名です。(イスラム教徒のマレー人はお酒が飲めない)食事後、ブキビンタンのカフェでお茶して、夜11時を過ぎてからP.ラムリー通りへ向かうのが若者の夜遊びの定番だとか・・・。


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(若い世代のアーティストがリリースしたPラムリーのカバー<追悼>アルバム)

写真左は、シーラマジットの「レジェンダ(伝説)」
写真右は、リザハニムの「永遠のPラムリー」

【次世代に受け継がれる音楽】

現代の若手シンガーたちにもリスペクトされているPラムリー。シーラの「レジェンダ」は90年代初頭のリリースで、当時このアルバムがきっかけで若者がPラムリーの曲を聞くようになったと言われています。一方、97年リリースのリザの「永遠のPラムリー」も、その年のアルバムチャートで1位に輝きました。国民的歌手のPラムリーの曲を、わずか18歳の少女が見事に歌いあげていたと、当時相当評判だったようです。このアルバムのジャケットには、ありし日のPラムリーと、奥様で歌手でもあるサローマの姿が描かれています。サローマは、1973年にPラムリーのお別れの曲としてレコーディングされた「アイルマタ・ディ・クアラルンプール(クアラルンプールの涙)」を、ラストレコーディングに、第一線から退きました。リザのアルバムには、この「クアラルンプールの涙」も収録されています。サローマに負けない歌いっぷりです。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
Pラムリーさんってハンサムですね!
この風貌でフランク永井の声!?
「そばにいてくれるだけでいい〜♪」
ぜひ耳元で歌って欲しい・・・(笑)
こぶたのほっぺ
2006/03/25 07:28
絶妙な反応ありがとうございます(笑)もっと若い頃の写真を見ると、ロカビリーが似合いそうな風貌でした。77歳の彼も見たいような気がします。マレーシアの男性は、顔の彫りも深く、色も浅黒い感じで、結構イケメンが多いとエイジアンナビゲーターは思うのですが。
エイジアンナビゲーター
2006/03/25 11:17
初めて知りました。
わたしは なめこ っていいます。
みなさん、マレーシアの有名人について、もっと教えてください!!!
滑子
2006/07/03 11:08
滑子さん、ようこそsuka!アジアへ・・・。
マレーシアのスターに興味があるようですね。日本では、紹介される機会も少ないと思います。何かあれば、また色々な情報をご紹介しますので、今後もどうぞおひいきに。
エイジアンナビゲーター
2006/07/03 17:18
私もラムリーも、サローマも好きです。
昨年、大阪のレコード屋でラムリーのDVDを買いました。ラムリーは、アジア映画祭で日本に来たことがあるそうですね。その時の写真がジャケットになっているLPも昔持っています。今は、どこにあるか探さないと出てきませんが。
さすらい日乗
2014/08/03 10:13
さすらい日乗さん ようこそsuka!アジアへ・・・。
レス遅くなってすみません。
日本人の方で、これだけPラムリーのことを語ってくださる方と
お会い?!するのは初めてです。
何だか嬉しいですねぇ〜。

2年ほど前に、シンガポールにある旧ショウブラザーズ映画撮影所で、
1960年代のPラムリーを良く知る管理人さんと知り合い、
貴重なお話をきくことが出来ました。
残念ながらここは一般に公開されていませんが、
彼の出身地であるペナン島には、Pラムリー記念館がありますので、
マレーシアに旅行される機会があれば行ってみてください。

ブログの更新はしばらくサボり気味ですが、
これからも時々のぞきに来てくださいね。
エイジアンナビゲーター
2014/08/21 14:59

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